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桜田門外の変
桜田門外の変(さくらだもんがいのへん、正字体:櫻田門外の變、正仮名遣:さくらだもんがいのへん)は、安政7年3月3日(1860年3月24日)に江戸城桜田門外(現在の東京都千代田区霞が関)で水戸藩からの脱藩者17名と薩摩藩士1名が彦根藩の行列を襲撃、大老井伊直弼を暗殺した事件。 この襲撃者らを「(桜田)十八烈士」と呼ぶこともある。またこの事件自体を「桜田事変」や、「桜田義挙」と呼んだ例がある。 経緯 安政5年(1858年)4月、大老に就任した彦根藩主・井伊直弼は、将軍継嗣問題と修好通商条約の締結という二つの課題に直面していた。 まず、病弱で世子が見込めない第13代将軍・徳川家定の後継をめぐって、南紀派(会津藩主・松平容保や高松藩主・松平頼胤ら、溜間詰の大名を中心とした一派)と一橋派(水戸前藩主・徳川斉昭や福井藩主・松平春嶽ら、大広間や大廊下の大名を中心とした一派)が争った将軍継嗣問題があった。