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柔然
柔然可汗国 柔然の位置5世紀、柔然の最大版図 柔然(漢音:じゅうぜん、拼音:Róurán)は、5世紀から6世紀にかけてモンゴル高原を支配した遊牧国家。『魏書』,『北史』,『南史』などでは蠕蠕(ぜんぜん)、『宋書』,『南斉書』,『梁書』などでは苪苪(ぜいぜい)、『周書』,『隋書』などでは茹茹(じょじょ)、『晋書』では蝚蠕と表記される。 概略 柔然の始祖は木骨閭といい、故にその王族は郁久閭(いくきゅうりょ)氏と言った。3世紀ごろには鮮卑拓跋部に従属していたが、鮮卑が中国へ移住した後のモンゴル高原で勢力を拡大し、5世紀初めの社崙の時代に高車を服属させてタリム盆地一帯を支配し、北魏と対立した。また社崙は可汗(かがん、Qaγan:後のハーンの元)の君主号を使った。社崙は北魏の明元帝の軍に敗れて逃走中に死去した。 北魏との対立を深めた柔然は南朝宋,夏,北涼,北燕,高句麗,吐谷渾と結んで北魏包囲網を形成した。夏,北涼,北燕はやがて北魏により滅ぼされるが、柔然は勢力を保ち続け、吐谷渾を介在して宋と連絡を取り合っていた。