坂の上の雲 [3042回参照されました]
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本の紹介
100% [全363ページ]
状態 読み終わった!
2020/02/13 13:49:29更新
著者 司馬遼太郎 ブックリンクされた本
-評価
★★★★☆感想
坂の上の雲(七)
(P28)かれ(クロパトキン)はたしかに、かれ自身が望んだように、もう一度黒溝台戦を演じてみようとした。…ところが、いざ行おうというときになって、気持がゆらいだ。…いまにはじまったことでもない条件が懸念になりはじめた…かれは陸軍士官学校のときも陸軍大学校のときも、じつにうつくしい筆蹟で答案を書いた。この戦場にあっても、かれはつねに敵によって答案を書こうとせず、かれ自身を相手に答案を書こうとした。…みずからの完璧志向と格闘し、夜に入ってもねむれず…(作戦を中止すべきだと)手紙をかきはじめたのである。…先刻わかりきった条件をくどくどとくりかえすのみで、あらたな局面をひらくということに恐怖のみをもち、その恐怖表現として軍事用語をつかっているようである。
(p69)維新後わずか三十年で各国の水準なみの技術効果をあげたいという欲求は当然ながら真似になった。世界の最優秀の技術のサンプルをことごとくあつめ、その優劣を検討しつつ国産品を生み出すやりかたである。このやりかたは、無難でいい。
しかしながらこのやりかたの致命的な欠陥は、独創で開発するばあいとちがい、その時点における水準を凌駕することができないことであった。ときには世界の水準よりも宿命的に遅れるということがあった…このやりかたが、その後の日本陸軍の技術の管理方式にながくひきつがれてほとんど体質化してしまった。
(p103)好古は、いままでつねにそうであったように、勝つよりも負けない方法をえらんだ。
(p127)戦闘動作ー斥候をもふくめてーは日本の歩騎兵のほうがはるかにすぐれていた。とくに下士官を長とする兵数人という単位の活動になるとロシア側は大いに劣っていた。ロシア側はつねに将校という頭脳を必要としたが、日本側には下士官や兵というレベルにおいてすでに状況判断能力というものをもっていた。この理由は日本側が国民の識字能力において圧倒的に高いということもあるかもしれないが、あるいは社会の性格によるかもしれなかったり日本の庶民階級は江戸時代からすでに相互刺戟がつよく、ある程度利発でなければやってゆけないという本然の状態が存在してきたが、一方、ロシアの庶民はなおも上代以来の農奴制の気分をつよく残していて、いわば人間は一個の労働力でしかないという環境がうんだ一種の痴呆性ー素質としてではなくーが存在した。このため戦場に出ても、みずから物事を判断することには馴れず、そのことがロシア陸軍の欠陥にさえなっていた。
(p132)秋山好古の隊は…兵員の数にすればわずか三千にすぎない。三千をもって正面十万のロシア軍のなかにわけ入ってゆくことはむろん不可能である。が、乃木軍としては、形だけをととのえなければならない。高級司令部の命令に対して、成功の見込みがないままに形式だけをととのえるという、日本軍がかつてそれをやったことがない悪しき事例がここにうまれた。…好古は、軍命令と現実との調節を、なんとか現場でこなした。かれは無理な突出はせず、なるべく前進するごとに防御工事をほどこして確保し、着実に敵に近づこうとした。
(p189)児玉は、大山もそうだが、幕末内乱の弾雨の中をくぐって日本国家があやうい基盤の上にやっとできたのを体感のなかで見てしまったへータイであるという。日本の足もとがいかにもろいものであるかを知っているし、そのもろい国が、戦争という大冒険をついやってしまった。これ以上冒険をつづければ日本国はくずれ去るだろうという危機感が大山にも児玉にもあり、それにひきかえ単なる軍事官僚として出てきた松川少将の世代にはその実感が薄かった。
(p218)日本はこの戦争を通じ、前代未聞なほどに戦時国際法の忠実な遵奉者として終始し、戦場として借りている中国側への配慮を十分にし、中国人の土地財産をおかすことなく、さらにはロシアの捕虜に対しては国家をあげて優遇した。その理由の最大のものは幕末、井伊直弼がむすんだ安政条約という不平等条約を改正してもらいたいというところにあり、ついで精神的な理由として考えられることは、江戸文明以来の論理性がなお明治期の日本国家で残っていたせいであったろうとおもわれる。要するに日本はよき国際慣習を守ろうとし、その姿勢の延長として賠償のことを考えた。欧州にあっては戦勝国が戦敗国から戦費をまきあげることは当然なこととされており、…すべて小さなトラブルを言いがかりにしてときには戦争に訴え、ときには武力でおどしあげてそれらのことをやってのけた。…ところが日本がロシアに対して戦勝してその賠償金をとろうとしたとき、「日本は人類の血を商売道具にし、土地と金を得る目的のために世界の人道を破壊しようとしている」と米紙は極論して攻撃したのである。米紙のいう「人類の血」とは、白人であるロシア人の血のことをさすのであろう。中国などに加えたアジア人の血に対しては欧米の感覚ではどうやら「人類の血」としてはみとめがたいもののようであった。
(p230)日本においては新聞は必ずしも叡智と良心を代表しない。むしろ流行を代表するものであり…日本の新聞はいつの時代にも外交問題には冷静を欠く刊行物であり、そのことは日本の国民性の濃厚な反射でもあるが、つねに一方に片寄ることのすきな日本の新聞とその国民性が、その後も日本をつねに危機に追い込んだ。
(p233)一国の外交官が他国の外政担当の長官に対してこういうことをいうべきではないだろう。しかもその発言の内容がまったくまちがっていて、日本政府の肚でもなんでもない。高平がなぜこのようなことをいったかは不可解というほかないが、日本人の気質の一典型として存在するおべっかをふくめた狎れなれしさーというより相手に子猫のようにじゃれたいために、つまりは相手の心をこのようなかたちで攬りたいためにー自分の属する上部構造の無知、臆病というものを卑屈な笑顔でぶちまけてしまうといった心理から出ているようであった。
(p312)「かならず敵は対馬からくる」という信念を堅持したのは東京の大本営と、第二艦隊の幕僚、または第四駆逐隊司令の鈴木貫太郎らいわば作戦中枢から遠い場所もしくは岡目八目というその岡目の位置にいた連中で、そういう位置にいるために客観的判断も可能であり、物事を巨視的にみることもでき、さらには小さな現象に心をおびえさせる度合がよりすくなくて済むのである。東郷のそばにいる幕僚たちはそうはいかなかった。決定は東郷がするにせよ、かれら幕僚の判断によって国家の存亡がきまってしまうという心理的重圧感が、かれらを羅針盤の針のようにこまかくふるえさせつづけていたのである。
(p317)分析力が緻密であればあるほど思考が袋小路に入ったり枝葉にとらわれたりしやすいが、鎮海湾の現場にいる秋山真之の場合もそうであった。
(p318)陸軍は正規の手続きをふまずに意見具申をすることは禁じられていたが、海軍の場合手続きすら必要なく、どういう上級職に対しても自由に意見をのべることができた。
(p319)佐藤の頭脳はつねに毛彫細工のような犀利な感覚を愛する癖があった。隠岐島付近で待つならば、敵が対馬コースをとろうと太平洋コースをとろうと、変に応じて臨機にうごけるというのがその論の根拠であったが、しかしこれは小刀細工とまではいかなくても、古来、作戦というものに必要な、鉈で割ったように大筋を通しきるという態度ではなかった。
(p328)人間はー最高指揮官といえどもー机の上の思想は論理的であろうとも、ぎりぎりの場にいたってなお理性をうしなわず論理に従ってみずからをうごかすということは困難であるようだった。むしろ恐怖とか希望的な期待という情念で行動を決することが多いようであり、とくに極端な独裁家であるロジェストウェンスキーの場合はその傾向がつよかった。(*感想*同時期、様々な立場の人が蹇々諤々の議論をしており、心の役割の東郷と、頭脳の役割の秋山を分けていた日本との違いを感じる。専制ロシアが負けたことしかり、人間一人では弱いということか。)
(p359)かれが水兵の人望を得ていないのは、粗暴で怒りっぽいということではなく、マカロフ中将のように有能で捨て身の精神をもった提督ではないということを水兵大衆がそのするどい嗅覚でかぎわけきっていたからであろう。戦場へひきだされてゆく水兵たちにとって自分の提督に期待するのは優しさでも愛嬌でもなく、ただひとつ有能であるということだった。
読書の軌跡
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123ページ | 2020/02/06 23:49:21 |
132ページ | 2020/02/07 23:47:41 |
160ページ | 2020/02/08 23:58:49 |
168ページ | 2020/02/09 23:29:43 |
210ページ | 2020/02/11 00:45:59 |
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301ページ | 2020/02/13 00:53:37 |
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