青色本 (ちくま学芸文庫) [738回参照されました]
H. Tarkunさん がこの本を手に取りました。H. Tarkunさんは、これまでに601冊の本を読み、192,344ページをめくりました。
本の紹介
100% [全212ページ]
状態 読み終わった!
2011/06/11 00:11:40更新
著者 ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン ブックリンクされた本
-評価
未評価感想
講義の記録と言うだけあって、明確な章立てがなく、帯に書かれている「最も読みやすい…」とは裏腹に、かなり苦戦をしいられる。
我々が信じる物、感じるもの、日常のコミュニケーション、これらは言葉を用いて表現される。しかし、その言葉の意味は、事実や実体との明確な対応がある訳ではなく、あくまで、その用法によって決まるという逆説的な側面を有している。例えば「期待する」とか「感じる」という語の複数の文法的用法を区別しないことが、哲学的思索に困難をもたらすと。
また、文に現れる「私」という言葉は、他の誰かと常に置き換え可能ではない。私という言葉は、自分の心や体という実体を表すという勘違いが、混乱を生んでいるという指摘は面白い。
思考は言葉によってなされる。つまり制限される。だから、思考の限界を広げるには、言葉の文法の限界を超えることではないか。そんなことを考えた。
読書の軌跡
23ページ | 2011/05/30 23:45:42 | 我々を煙に巻くのは名詞の神秘的な使われ方なのである |
48ページ | 2011/06/04 13:56:24 | 一般的な物への我々の渇望 |
71ページ | 2011/06/05 16:47:35 | 厳密でない言語による哲学的問いへの批判 |
98ページ | 2011/06/08 00:06:54 | 表現されることによって思想は変化するのだ |
113ページ | 2011/06/08 18:15:20 | 我々の経験を或る仕方で眺めると...我々の表現がもつれがちになる |
212ページ | 2011/06/11 00:11:40 |
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