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マムルーク朝
マムルーク朝 マムルーク朝の位置マムルーク朝の領域(1279年) マムルーク朝(دولة المماليك Dawla al-Mamālīk)は、エジプトを中心に、シリア、ヒジャーズまでを支配したスンナ派のイスラム王朝(1250年 - 1517年)。首都はカイロ。そのスルターンが、マムルーク(奴隷身分の騎兵)を出自とする軍人と、その子孫から出たためマムルーク朝と呼ばれる。一貫した王朝ではあるが、いくつかの例外を除き王位の世襲は行われず、マムルーク軍人中の有力者がスルターンに就いた。 建国 13世紀半ばにフランス国王ルイ9世率いる十字軍(第7回)がエジプトに侵攻してきた際、アイユーブ朝のスルタン、サーリフが急死した。サーリフ子飼いのマムルーク軍団バフリーヤは、サーリフの夫人であった奴隷身分出身の女性シャジャル・アッ=ドゥッルを指導者とし、1250年にマンスーラの戦いでルイ9世を捕虜として捕らえ十字軍を撃退すると、サーリフの遺児であるがシャジャル・アッ=ドゥッルの子ではないトゥーラーン・シャーをクーデターによって殺害し、シャジャル・アッ=ドゥッルを女性スルターンに立てて新政権を樹立した。