皆の本棚にある林 純次の本

林純次
林 純次(はやし じゅんじ、1973年2月21日 - )は、岐阜県土岐市出身の元プロ野球選手(投手)。 プロ入り前 多治見工業高から東海理化に入部し、補強選手として都市対抗野球大会に2回出場した。これがスカウトの目に留まり、1995年のドラフト会議で阪神タイガースから3位で指名を受け、入団。指名を聞いたとき、興奮して鼻血を出したことが話題となった。 プロ入り後 1996年 中継ぎ左腕投手として開幕1軍メンバーに選ばれ、17試合に登板したが、制球難が目立ち5月に2軍へ降格。 以後、1軍に再び昇格することなく、シーズンを終えた。 1997年 故障等により1軍での出場がないまま、オフにわずか入団二年で解雇となる。 プロ野球退団後 退団後、1999年より社会人野球がプロ野球経験者の受け入れを解禁するという報道を目にし、現役続行を決意。1998年は、工務店で勤務しながら、古巣である東海理化のコーチを務め、プロアマの壁となっていた社会人の元プロ選手受け入れ禁止が解禁された同年1月に岐阜市の昭和コンクリートへ入部した。