皆の本棚にある前田 智徳の本

前田智徳
前田 智徳(まえだ とものり、1971年6月14日 - )は、熊本県玉名市(旧玉名郡岱明町)出身の元プロ野球選手(外野手)。 プロ入り前 1987年、熊本工業高校に入学。2年時の春・夏、3年時の夏の計3回甲子園に出場。3年時の夏には主将・4番・中堅手として出場し、敗れた2回戦では最終打者(結果は三振)となった。 3年時の甲子園大会後、熊工には西武を除く11球団、前田の自宅にも異例の8球団のスカウトが挨拶に訪れ、中でも地元九州のホークスは上位指名を示唆するなど熱心だった。しかし同年11月に行われたプロ野球ドラフト会議ではホークスからの指名はなく、広島が4位で指名。前田は会見場でテレビ中継を見た後、1時間近く泣き続け、一旦プロ入りを拒否。何度訪問しても口を開かない前田に痺れを切らした宮川孝雄スカウトは、「ホークスは指名しなかったが、俺達は(指名の)約束を守ったぞ。男だったら約束を守れ」と叱責、とつとつと打撃理論を語った。前田は宮川の人間性に惹かれて広島入りを決意。同年広島が指名した6名の選手のうち、入団が決定したのは前田が最後だった。